すぐに書くつもりが、いろいろあって延びてしまった。自分でも呆れる。
八合目で頭が痛くて、の続きですが、食べる酸素というタブレットをボリボリしているうちにそのお陰かどうか分からないが頭痛もなくなった。3000m位の太子館という山小屋で、夕食にカレーライスとサバを食してから仮眠した。2段式の板場に寝袋が並んでいて1畳に2人の割合で、とにかくギッチリ並んで寝るのである。100人くらいは居たのだろうか。いびきは合唱しているし、高山病で苦しんだ人はゲエゲエやっているし、凄まじい宿舎だった。22時に目が覚めた。あと30分で登頂開始だ。でも、雨だ。あんなに快晴だったのに、山の天候は本当に分らない。防寒セータを着て、上下のレインウエアーを着込み、懐中電灯に電池を入れ、さあ集合だ。しばらく登ると雨脚が少し強くなった。ガイドさんから、山頂は風速22mであり下からも雨が降る状況、登頂中止の可能性もあると宣言された。ここでグループの半数は、山小屋待機となった。下の息子は寒さで無理そうだったので、断念させた。上の息子はまだまだ大丈夫と意欲を燃やしている。十数名で登山再開。しかし、八合5尺の地点でガイドさんから最後の重要な判断の時です、と前置きされて、天候不良、登山者が多く渋滞、この先は引き返すことができない程狭い道となる。などの、説明があり、危険な状態と言われた。多数決で、全員退却と決まった。少し戻って***山小屋で3000円払ってご来光の時間まで睡眠をとった。屋根裏の砂まじりの布団で、凍えながら朝を迎えた。(少し前の寝袋が快適に思えた。)雨は上がっていた。
朝日は、いつ見てもすばらしいが、3000m以上の上から見ると、雲の海の中から悠然と姿を現し、不思議な景色であり、初めての経験でもあった。カメラのバッテリー切れが、なんとひどいタイミング。
下山の場合、景色がよく見えるのはよいが、ひざがガクガク言い出した。真っ黒い顔で五合目についた。疲れきった身体は、バスに揺られて、紅富士の湯に向かい、露天風呂でのんびりした。新宿で解散。
一生に一度は富士登山、あーリベンジだあ。
投稿者 wakimoto : 23:36 | コメント (0)
8月16日(木)に2007神宮外苑花火大会に家族で行ってきた。2003年から毎年の恒例で“けい子レディースクリニック表参道”とご一緒している。日刊スポーツ主催ですが、やけに特別協賛のDHCが目立っています。それはそうとして、いつもながらすばらしい花火を堪能させて頂いた。花火よりも団子、よりもビール、てなわけで、タンクを背負ったお兄さんお姉さんを呼んでキリン一番搾り、ラガー、生と飲み比べとなった。今年は、少し遅れて行ったので、花火の前座のゴダイゴ(贅沢だよね)の演奏から参加した。演奏はもちろん懐かしく楽しませてもらったのだが、「あさのさーーん、サイコーー」「ミッキーーうまいーーー」と熱烈なファンの近くに座っていたので、演奏以外でも楽しませてもらった。演奏のエンディングと同時に花火の打ち上げ開始、このタイミングはいつもいいなーと思う。アンコール曲がなくてもクレームがつかない唯一のイベントではないでしょうか。
花火の美しさを言葉にするのは難しいなあとつくづく思うが、あの音響と色彩と輝きと消滅のタイミング、そして猛暑の中の涼やかさと歓声、これが一体化してこそ、花火の醍醐味だと思う。知らないくせに江戸の粋ってやつかなと思う。
すごい人出なので、最終の花火前に神宮球場を後にした。帰り道、もちろん人垣で渋滞しているが、ビルに反射して見えた、花火が、華やかに新しいイリュージョンとしてビルのガラスに映って見えたのである。都会の意外性という鑑賞法ですね。
夏、アッツイけど、大好き
投稿者 wakimoto : 23:40 | コメント (0)
8月12日朝6時40分新宿集合、はとバスツアーである。家族で富士山に向かった。中央高速は渋滞のため東名を使った。山歩きといえば数年前に高尾山や鞍馬山を歩いただけで、普段は階段くらいしか登らない。五合目に行ったのも、30年くらい前で、富士山は遠くから眺めるものと考えていた。「申し込んどいたから振り込んでね」の妻の一声で行くことになっていた。誰もが知っている日本一の山だ、高さは3776m、五合目の標高2305mからでも、その差を歩けば山頂に着くわけではない。河口湖口からの距離は、7.5 km。所要要時間は登り5時間30分とパンフレットには書いてあるところを、一般向けのツアーなので2日かけて4時間ずつ歩いて、山頂からご来光を拝もうという計画だ。でも平らな道でも、こんなに歩くことはないぞ。しかも下山の分もあるのだ。
兎に角、猛暑の中、昼に約40名の素人登山者は、富士山ガイドのユースケさんの案内でスタートした。彼なりのギャグを飛ばしつつ、「東京からのお客さんはノリが悪いなあ」と愚痴りながらも、それなりに楽しく歩いた。しかし、下山者のほとんどは黒い顔でとぼとぼ歩いていて、「あれは明日の貴方達の姿ですよ」と言われた。砂埃がひどいそうだ。最初の頃は、オレンジ色の山百合、白い花が少し赤く色付いたオンタデ、紫色のヤマホタルブクロ、柔道技のようなトモエシオガマなどの植物も鑑賞させてくれた。斜めに伸びた白樺に似ている樹木ダケカンバに座って、「この木はなぜ麓に向いて斜めなのでしょう?風?雪?いえいえ、それは私が説明のたびに座っているからです」といってずっこけていた。「わっはっはー」と笑ったのは、おやじギャグ好きの僕だけだったようだ。
本物の登山家は妙にゆっくり登ると聞いたことがあるが、ほんとにのんびりペースで登った。おかげで息子たちは、ユースケさんにくっついて楽しく登っていた。酸素プラス水を飲み、梅干し飴やチョコを舐めながら、今回はキシリトールでは力が出ないだろうとカリエスリスクを考えないことにした。六合目、七合目となんとか進み、宿泊地は、八合目の山小屋太子館。着いたのは夕方。4時間以上かかった気がするが、頭が痛くて、思考していなかった。
つづきはまた明日
投稿者 wakimoto : 00:47 | コメント (0)
もう1ヶ月も経った5月の連休の話ですが、家族で式根島に行きました。竹芝から“さるびあ丸”に乗船です。私は29年ぶり、竹芝桟橋からして全く違い近代的な施設になっていましたが、広場に並ぶ乗船客の賑わいは凄まじく、船中は通路という通路はシートを引き詰められすぐに横なる人や酒盛りを始めるグループに溢れ、その風景は、昔と全く同じでして、懐かしいやら呆れるやらでした。
行きは船中1泊、浅い眠りで日の出を眺め、快晴の中9:30頃に野伏港着、民宿のKさんが出迎えてくれました。荷物を置いてすぐにレンタサイクルで出発です。最初は北側にある泊港に行き、澄んだ美しい海岸で水遊び、海水浴もできそうな水温でしたが足までにしておきました。次は東側へ、途中の商店で“あしたば海苔弁当”を買ってぐんじ山展望台を目指すものの、アップダウンの連続と空腹に耐えきれず、4人立つと一杯の小さな展望台で入り江の波を眺めながら食べました。あしたばの天ぷらとちくわの磯辺揚げなどのシンプルな弁当ですが、兎に角おいしく頂きました。埼玉のガールスカウト隊が寄付された花壇のある公園でUターンして、目当ての温泉へ。ところが足付温泉と書いてある旅館の前の海岸で、家族連れが遊んでいたのでここかと思っていたら大間違い。それでも温水が湧き出て来る磯でカニや小魚を追いかけてしばらく遊びました。子供達は、夢中になってしまい、次の移動がなかなかです。
やっと松が下雅湯に着いたら、思いの外、すごく熱い湯でした。湯は茶褐色の硫化鉄泉で、胃腸病、神経痛、冷え性などに効く「内科の湯」だそうです。水着で入るのですが、海や港を眺めながらリラックスできました。そこからさらに海岸沿いに岩場を歩くこと数分、海水が入り込むところに足付温泉がありました。こちらは、ナトリウム塩化物強塩温泉だそうで無色透明でした、外傷、筋肉痛、痔、皮膚病に効く「外科の湯」だそうです。岩の間に1人から3人が入れるスポットがあり、そこに温泉が湧いています。海水が入り込んで来ると温度がちょうど良くなるとのことで、すでに5ー6人の方で満員状態でした。空いているところは、熱くて熱くて、「あと15分くらいしないと入れないだろうな」と言われました。潮の干満と湯加減を想像しながら訪れる温泉とは、風流ですな。
良い湯で気力体力が回復したところで、折角だからと頑張って、南西にある御釜湾を眺められる第3展望台に向いました。途中の道に岩垣があり“湯加減の穴”とあります、手を突っ込むと確かに温かい風を感じます。この岡の上で海岸の温泉の温度を想像するのですね。サイクリングで行けるところまで行き、トトロの森のような山道を歩きました。おそらく村人でしょう、枝を払って歩きやすくしてくれていました。御釜湾は、ゆったりとした入り江で白波がきれいでした。
二日目は、釣り竿を借りて野伏湾に、アジの稚魚が引っかかってくれました。昨日きれいだった泊の海岸にもう一度行き、遊んでいたら、あっという間に船の時間です。帰りは高速船で2時間半、快適な眠りでした。丸2日間、島を楽しみました。(今度行く時は、150階段の地鉈温泉にも行こうかな。)
後日、航行中の高速船の窓ガラスが割れた事故がありましたね。怪我をされた方、水浸しになった方、お見舞い申し上げます。あの日、もし同乗していたらと想像するとゾッとします。そういえば数年前に他社でも高速船がクジラらしきものに衝突して怪我人がでた事故もありましたね。高速移動は、すこぶる便利ですが、リスクも伴うことを最確認しました。お蔭様で無事な旅行に感謝です。
投稿者 wakimoto : 10:21 | コメント (0)
今日、若い知人から小冊子が届いた。
表紙には、「もっとたすけあい。 〜アートで綴るハートのキャンペーン〜」とある。
たすけあいの心を大学生がアートで表現した“たすけあいBOOK”となっており、アーティストの卵達の21作品が掲載されていた。彼女は、NHKハート・プロジェクトに参画したようで、7月《福祉フォーラム》共生する社会について学ぶ、8ー9月《ミーティングと作品制作》福祉施設を見学、社会貢献について学ぶ、アートで表現する、10月《作品展示》、11月《製本作業》、12月《歳末たすけあい、海外たすけあい》たすけあいBOOKの配布、といった過程で取り組んだようです。単なる作品紹介に終わらず、個々の若者が悩み、気付き、表現する想いが感じられて、NHK名古屋放送局と名古屋造形芸術大学による中々粋なコラボレーションとなっています。
http://www.nhk.or.jp/nagoya/heartproject/index.html
上記のサイトも覗いてみて下さい。
彼女の作品も、メッセージが真っ直ぐに伝わって来る良い作品と思いました。
人と人は共に支え合って助け合って生きているのだなとあらためて感じ、僕がすぐにできること、せめてブログに書くことにしました。Philanthropyの意識とは程遠いですが、、、
平成17年度の歳末たすけあいには9,000万円以上の義援金・寄付金が寄せられ、その配分を見てみると、社会福祉施設、在宅福祉サービスへの機器整備費用が60%を占めています。やはりハード面への支出が多いのですね。次いで、施設利用者の新年会などの行事費17%、団体事業費5%、災害準備金3%、広報関係3%、その他としてクリスマスチョコレートの贈呈等で2%となっていました。
海外たすけあいにおいては、なんと7億円以上も集まり、武力紛争の犠牲者の支援、災害被災者の救援および防災活動、感染の予防、感染症患者の支援、健康増進、青少年赤十字活動、教育支援といった目的のために義援金が役立っているとのことです。国内向けの募金レベルとの差には、少し驚きましたが、地球レベルの支援をしようとの意識の高まりなのでしょうか。
もっとも、今回のたすけあいBOOKの若者達21名のアートを観ていると、募金の実利的な面のことを考えるよりも、それぞれが発揮している独特の個性や、その心意気を感じ取って、すがすがしい共感に浸る方が何となく落ち着きますので、難しく考えないようにしよーっと。
投稿者 wakimoto : 18:45 | コメント (0)
食欲の秋ですね。いつもの東急ストアに買い物いくと、栗が目に入り、つい買ってしまいました。天津甘栗のつもりで軽い考えで、、、調理が必要なものでした。翌日、久しぶりに子供に夕食を作ることになり、学生時代によく作ったカレーライスにしました。よせばいいのに、未処理!の栗を思い出し、調理方法をwebで探したところ、皮を剥く方法、渋皮を剥く方法、甘栗、栗ご飯、いろいろ出て来る中にあったのです、「クリカレー!」。やっぱりこれに挑戦するしかない!となりました。まず30個の栗を熱湯に5分以上つけて剥き始めました。熱いので結構大変、でも冷めるとうまく剥けない。渋皮は焼いてから剥くとの指示でしたので、やりましたが、これまた、熱いし崩れるし、途中で試食してしまうし、20個分位になりました。あとは、タマネギ、ジャガイモ、ニンジンを切っておき、肉はヘルシーにチキンにしましょうと書いてあるので、小口切りを用意して、マニュアル通りに調理しました。昔は小麦粉を炒めてルーから作ったのですが、今は簡単に買ったルーをポイポイで済ませます。
で、味の方は、、、
味見をしながらひと味足りないなあと思いつつ、ヘルシーでいいだろうと考え、家族で食しました。と、誰も何も発言しません。自分でも今一だったかなと思いつつ、
「どうだあー味のほうは?」
と、愚妻「うーん、コクなしカレー!」 ガクッ
息子1「これ、栗なの? 入ってない方が良かったんじゃないのー」 ガーーン
息子2「でも、おいしいよー」
とほほ優しいなあ下の子は
今度「クリカレー」に挑戦する時は、自分なりに工夫することしよう。
1:栗はルーではなく、ご飯にまぜる方が風味が損なわれなくて美味しいかもしれない
2:中途半端に肉を入れるよりも野菜カレーにキノコを混ぜて山の幸カレーにするのは如何か
ps:実は焼き栗で食べた方が美味しかったのです。
投稿者 wakimoto : 23:09 | コメント (0)
仙台へ転勤した友人一家が来訪する機会に、久しぶりに近所の4家族が集まった。ビールに始まり、宮城の酒、綿屋と冬華を頂きながら、それぞれのご自慢料理に舌鼓。家族構成も職業も趣味も異なるせいか、新鮮な宴会であった。トルティーア、里芋とヤリイカの煮物、太巻き、鯛とカンパチのカルパッチョ(イタリアンパセリが好き)、チャプチェ、キッシュ、イカ燻とセロリのマリネ、辛子付けて頂く鳥料理(名前がわからない)、まさに多国籍料理。アッという間に夜中、ワインを飲むと明日が辛そうと思いながらも、開いていた、、、明日は休日、、、
朋遠方より来るあり、また楽しからずや。こんな時の詩ではなかったような、、、でも、楽しんだ。
最後に飲んだのは、資生堂パーラーのワイン、BORDEAUX chateau Filliol 2002、現代っ子のようにすらりとした赤紫色のオシャレなボトル。味は、記憶が不確かな時刻に近づいたことを一瞬思い出させてくれた味。(美味しかったという意味ですよ)
綿屋は、金の井酒造の大吟醸、広島八反という酒米100%、日本酒度+5、酸度1.3、宮城酵母、南部杜氏 玉山博昭、と記されていた。兎に角、すっーと飲める。この時期しか手に入らないという。
冬華は、大沼酒造の乾坤一純米吟醸、蔵出し生詰(1回火入れの清酒)となっていた。こちらの方が、凛としたパンチ力を感じると言ったら、醸造アルコールを使っていない所為かもしれないと教えられた。
綿屋は評判の酒らしく、義姉は欧州まで土産に持って行ったらしい。一升瓶で、こりゃまたすごい!
投稿者 wakimoto : 22:29 | コメント (0)
台風14号ナービーが凄まじく暴れる中、矯正歯科医の専門開業医が広島に集結した。私は2004年入会なので2回目の参加である。治療例の発表、講演会、シンポジウム、総会と会員の熱心な討議があった。特に、治療後長期観察例や再治療例、また特異な成長例について多くの有益な情報が得られた。
市民公開講演会には、400名の聴衆が詰めかけたのだが、ヤンキー先生として有名な義家弘介氏の情熱溢れる話が聞けた。自称「教育暴走族」だそうだが、現在は横浜市の教育委員会の委員として活躍されている。実に気合いの入った内容であったので、以下に書き留めておくことにします。とここまで書いて10日間も下書きで放置してあったので、とりあえず公開します。まとめて多くを書こうとすると続きそうもないので、、、
すでに10月、やっと追記。ヤンキー先生の講演内容を思い出してみます。私の勝手な感想ですが、キーワードは、「熱血、情熱、愛情」、「夢、希望、自由」、「思春期の心の教育」でしょうか。子供達を主体にした視点からの教育論を展開されました。ダメなものはダメと情熱を持って話すこと、聴く・伝える・学ぶを基本とした教育(ゆとりつめこみ教育?)、リミット設定した上でホールディング(抱きしめ)をする、繰り返す、これが躾となる、いわゆる父権(リミット)と母性(愛情)の挟み込み、などと言ったを内容を携帯電話、ヤマアラシの挿話、自傷行為などの実例を挙げながら論理的で情熱溢れる話でした。
個性的という言葉が尊重される世の中になったけれども、個性をスタートにした教育はダメだ。本物の個性は教育のゴールにある。(スタートとゴールをはき違えた教育)
自由とは何をやってもいいと言うものではない、本質的自由とは自らのかけがえのない人生を責任を持って選択する自由である。(子供の権利を考える)
夢は決して逃げて行かない、自分が逃げいて行くだけだ。
教育暴走族 義家弘介氏は、決して暴走しているわけではないようだ。ご活躍を祈ります。